はじめに
前回のコラムでは、PACTE(欧州におけるアクティブシティ推進事業)で取り組まれている事例をご紹介したが、今回は特に「子供を対象としたアクティブシティ=アクティブスクール」の事例を取り上げる。ベルギーのアントワープ、スロベニアのリュブリャナなど、ヨーロッパ各地の都市で子供を巻き込んだ興味深いプロジェクトが展開されている。
また、アクティブシティの先駆けであるリバプール市(英国)の子供向け施策も取り上げ、これら5都市の取り組みを考察する。考察を通じて見える欧州全体の傾向についても言及してみたい。
ポイント
①ベルギーのアントワープ市:スポーツ部局の取り組みが評価され、欧州スポーツ首都賞を受賞。スポーツ活動への参加障壁となるコストを支援。
②スロベニアのリュブリャナ市:欧州グリーン首都賞を受賞した環境に配慮した都市で、屋外で活動する環境が整っている。小学校のカリキュラムに自転車教育を導入。
③スウェーデンのウメオ市:車の利用増加に伴い、徒歩・自転車通学の子供が大幅に減少したことから、子供が自ら考えた「アクティブな通学」を推進。
④ポーランドのグダンスク市:車の利用増加に伴う大気汚染や騒音の問題と運動不足という健康課題への対策として、5月をサイクリング月間とするキャンペーンを開始、全国に拡大。
⑤英国のリバプール市:子供の意識・行動を分析し、スポーツ・身体活動参加を阻む障壁を見極め、システムズアプローチによる行動計画を策定。
ベルギーのアントワープ市
<概要>
アントワープ市の人口は約52万人であり、ベルギーで最も人口の多い都市である。2013年に「欧州スポーツ首都賞(European Capital of Sport)」を受賞した。受賞の理由は、市のスポーツ部局が行っている事業「Sporting A」の取り組みが評価されたからである。アントワープ市は、レジャー・レクリエーション活動を含む幅広いスポーツを提供しており、市民はチャージ型の「Aカード」を購入して市内のスポーツ施設・教室に参加できる。市民の3人中2人が定期的にスポーツ活動に参加している。
「Sporting A 2020-2025年」政策では、ウォーキングなどの「低速」交通手段を促進するために「スローロード(低速道路)」の開発が計画されている。スローロードとは、「自動車がほとんど通らない、もしくは全く通らない道路」のことである。自動車の利用を抑制することを目的に、700km以上のスローロードが既に整備済み、もしくは整備中である。市では、その後、「ルートプラン2030」地域モビリティ計画を策定し、アクティブなモビリティに貢献する持続可能な交通へのシフトを図っている。
<子供を対象とした取り組み>
アントワープ市があるフランダース地方では、学校スポーツのほとんどがフランダース学校スポーツ組織(SVS)によって統括され、SVSが体育や課外スポーツを提供している。その多くが無料で、SVSと自治体との地域連携によって運営されている。さらに、「Sporting A」プログラムでは、「放課後スポーツ」(Sport Na School)パスを導入して、放課後にスポーツができるようにしている。このパスは、学校の学期に合わせて4ヵ月35ユーロ(年度では55ユーロ)で、数多くのアクティビティに参加できる。
<考察>
欧州スポーツ首都賞は、スポーツの5つの価値(楽しさ、成功、フェアプレー、健康、共同体意識)を推進している大都市を表彰するものである。アントワープ市では、競技スポーツ大会や様々なレクリエーションスポーツ活動、障がい者スポーツなど特定のターゲット層を対象とした活動が提供されている。子供を対象としたスポーツイベントもあり、放課後に地域スポーツに低価格で参加できる制度もある。また、欧州スポーツ首都賞で評価された「Sporting A」事業の最新の計画では、アクティブモビリティに向けたインフラ整備が進められている。
スロベニアのリュブリャナ市
<概要>
リュブリャナ市はスロベニアの首都で、人口約29万人の都市である。2016年に「欧州グリーン首都賞(European Green Capital)」(欧州委員会が2008年に創設した賞)を受賞した、環境に配慮した都市として知られている。市内には屋外で運動できる場所・設備が多数ある。ウォーキング、サイクリング、マラソンのイベントも開催されている。
リュブリャナ市では、市民に無料の定期健診やがん予防検診を提供したり、ヘルスリテラシーを高める冊子を配布したりするなど、市民の健康維持・増進を図ってきた。その一環として、子供と青少年を対象に体力増進と環境に焦点を置いた学校の推進や、健康的な幼稚園(healthy kindergartens)ネットワークの構築も進めており、「健康的なライフスタイル」という概念を既存のカリキュラムに組み込んでいる。
<子供を対象とした取り組み>
健康的なライフスタイルを生涯にわたって維持するには、子供のうちから身体活動を推進していくことが重要であるという認識のもと、市内すべての小学校の4年生と5年生を対象に、自転車の乗り方と安全に走行するための知識やスキルを教える事業を開始した。その目的は、子供のコーディネーション能力・敏捷性・バランスの3つの身体能力を高めることである。市のスポーツ部局主管で、市と自転車クラブと体育教師が運営管理を行った。2019年には、3,000人以上の子供が参加し、24人のコーチと3人のマネージャーが関与した。費用は45,000ユーロで、すべて公的資金から拠出された。市内全校の50%以上、60%以上の4年生・5年生が参加したことになる。
<考察>
リュブリャナ市は、子供がフィジカルリテラシー※1を身につけられるよう、学校の教育カリキュラムの中に自転車教育を取り入れ、運動能力の開発と安全教育の両方を行っている。このように、欧州では小学校のカリキュラムに自転車教育を導入している事例が散見される。身体能力だけでなく、路上でのルールを理解し、とっさの判断力・適応力なども子供のうちに身につけることができれば、子供だけでなくあらゆる世代の安全と街の安全にもつながる。
※1 生涯を通じて身体活動を維持するための動機、自信、身体的資質、知識および理解など。第3期スポーツ基本計画では「生涯にわたって運動やスポーツを継続し、心身共に健康で幸福な生活を営むことができる資質や能力」を『いわゆるフィジカルリテラシー』と表現している
スウェーデンのウメオ市
<概要>
ウメオ市はスウェーデン北東部の人口約13万人の都市である。複数の大学やミュージアムがあり、学生数も3万人以上と若者が多い街でもある。市内には山や湖といった豊かな自然環境が広がり、アウトドアアクティビティも盛んである。
ウメオ市では、子供の運動不足や男女の運動実施における格差が課題だった。1970年代には約90%の子供が徒歩や自転車で通学していたが、車の利用増加に伴って2006年には58%まで減少した。
<子供を対象とした取り組み>
上記の課題に対応するため、車ではなく自らが動力となる「アクティブな通学」を推進する事業を「Change the Games(現状を打破する)」として開始した。地元企業からの支援を得て、小学3年生から5年生を対象に週ごとに異なる移動手段(スケートボードや子供用スクーターなど)を提供する取り組みである。まず、児童・保護者・先生を対象にフィジカルリテラシーに関するワークショップを開催し、児童たち自身がアクティブな通学に関するアイディアを出し合い、そのアイディアを参考にパイロット事業を行った。児童たちは「読み書き以上に身体を動かすことが重要だ」ということを学び、新たなチャレンジも生み出した。その結果、特に低学年児童において、事業の前後でスポーツ・身体活動に関する意識・行動に変化が見られた。
<考察>
「アクティブな通学」を推進するにあたり、児童がフィジカルリテラシーを高め、企画段階から参画したことが奏功した事例である。保護者や先生の理解促進も行われており、高いフィジカルリテラシーが将来にわたって身体的にアクティブな生活を送る基礎となることが周知されている。
ポーランドのグダンスク市
<概要>
グダンスク市は人口約48万人の港湾都市である。子供の肥満や車の利用増加が課題となっていた。子供の健康状態を改善するため、また、車で送り迎えをする保護者を減らして通学路の安全性を向上させるために、2014年に「Cycling May(5月はサイクリング月間)」というキャンペーンを開始した。車によるCO2排出削減や騒音といった環境問題も後押しして、キャンペーンはグダンスク市だけでなくポーランド国内の他の都市へも広がり、2019年には国内47の都市で開催され、約18万人が参加した(このうちグダンスク市の参加者は3.3万人)。これは、健康的なライフスタイルと持続可能なモビリティを推進する、ポーランド最大のキャンペーンである。
<子供を対象とした取り組み>
「Cycling May」は、アクティブな移動手段である自転車での通学・通勤を未就学児童・小学生・先生に推進するキャンペーンである。子供たちに公道での自転車の乗り方を教え、キャンペーンの後も健康的な習慣が持続するような教育も行っている。毎年5月に開催し、子供たちは自転車・子供用スクーター・ローラーブレード・スケートボードなどで通学するとシールがもらえる。自分の自転車ダイアリーにシールを貼り、教室のポスターで共有することで、子供同士やクラス間、学校間で競い合うことができる。最もアクティブだった参加者・クラス・学校には賞も授与される。子供の健康的な行動が保護者の移動手段にもポジティブな影響を与え、送り迎えをする車の減少によって学校・幼稚園周辺が歩行者・自転車にとって安全な環境になった。開始当初は子供の安全性を危惧する学校もあったが、現在は市内の全校が参画している。
<考察>
ポーランドでも「アクティブな通学」が推進されている。5月に集中的なキャンペーンを実施することで意識と行動に変化をもたらし、周辺環境の安全性向上にも寄与している。一つの都市の取り組みが、他の自治体にも良い影響を与えている事例である。
英国のリバプール市
<概要>
リバプール市の人口は約50万人である。スポーツ・身体活動を通じて社会課題の解決を目指した「リバプールアクティブシティ(LAC)戦略」(2005年公表)によって分野を超えた連携組織ができ、既存事業・施設の見直しや効率的な予算配分、ブランド化による統一イメージの発信、地域コーディネーター設置による地域に即した課題への対応など、LAC戦略が長年にわたって進められてきた。市民のスポーツ・身体活動機会の向上、スポーツイベントの誘致、産業活性化にもつながり、人口も増えている(アクティブシティ戦略の詳細はこちら)。アクティブシティのパイオニアとして国際的に知られる都市である。そこで、リバプール市の現在の取り組み状況の中から、子供を対象とした取り組みに焦点をあて、以下詳細にご紹介したい。
<子供を対象とした取り組み>
LAC戦略が開始される前の1990年代から、子供の健康向上のため、体力・食事・ライフスタイルをモニタリングする事業「SportLinx」がリバプールジョンムーア大学(LJMU)で行われていた。LJMU大学は、LAC戦略の連携組織の中心的存在となり、小学校の放課後やクラブにおけるスポーツ・身体活動状況の調査を行った。データに基づき、2009年には5歳未満の幼児を対象とした介入プログラム「Active Play(アクティブな遊び)」を実施し、介入後に身体活動量の増加が一定程度認められた。このように、LAC戦略における子供を対象とした身体活動推進の取り組みは、データに基づいて行われてきたが、国の身体活動推奨基準を満たす割合は、2018年時点で5歳未満の1割、5-18歳の2割程度にとどまっている(イングランド全体でもリバプール市内でも同様の傾向)。
幼児期からの運動習慣が運動の基礎を養い、その後の人生を豊かにするうえで非常に重要であるとの考えのもと、2014-2021年のLAC戦略に基づき、子供と青少年のスポーツ・身体活動向上に取り組む行動計画「Active Promise(アクティブな/能動的な約束)」が導入された。計画策定にあたっては、子供の健康とウェルビーイング向上のために英国内外で活動していた慈善団体「Youth Sport Trust」と連携して作業を進めた。
まず、子供・青少年のスポーツ・身体活動を妨げる要因について、当事者である子供たちから話を聞くなどして意識・行動を詳細に分析した。その結果、子供たちのニーズが多様化しており、市が子供向けに提供している活動の内容・場所とマッチしていなかったことや、家族やコミュニティがおよぼす影響などについてもわかってきた。そこで、子供・青少年の身体活動を増やすためには、統合的かつ協働的なシステムが不可欠であるとしてシステムズアプローチ※2を採用し、以下の6つの根本原則を立てた。
※2 課題にかかわる要素間の相互作用を全体の「システム」として捉え、横断的に解決策を探る方法論。WHOでは因果関係の可視化やステークホルダー協働などを推進し、持続可能な保健システム強化に活用している。
①子供・青少年はカスタマー(顧客)である。彼らに提供するサービスが有料であるかどうかにかかわらず、彼らはプログラムやプロダクトのエンドユーザーであり、何をどうやってなぜ提供するのかを考える際は、まず子供・青少年を中心に置くべきである。その上で「彼らのスポーツ・身体活動機会へのアクセスを阻む障壁をいかにして減らせるか」を考えなければならない。
②システムズアプローチによって、子供・青少年がどのような環境(自宅・学校・レジャー施設や移動中)にあってもアクティブでいられるようにする。
③システムズアプローチは生まれる前から始まり、運動能力や自信を育むことを目指して幼児期から中高等学校までの間にフィジカルリテラシーを身に着けるようにする。
④体育の時間だけでなく、座っている時間を減らして身体活動を増やすようなアクティブな授業を提供するなど、様々な方法で幼稚園や学校が子供・青少年の運動能力の発達を支える。
⑤主要政策課題として身体活動を捉え、身体活動サービス提供による経済効果や健康効果を理解する。例えば、車通学から徒歩通学に変わることによる環境への影響や交通渋滞の緩和、子供・青少年の健康・ウェルビーイングへのインパクトなど。常に、子供・青少年の健康とウェルビーイング向上を中心に置く。
⑥新しいプログラムや介入、キャンペーン、メッセージ発信は、必ずエビデンスに基づくようにする。英国内の他の都市や海外において効果のあった施策をリバプール市で取り入れる。例えば、市内の緑地や公園へのアクセス向上によって身体活動を増やすことができるかを検討する。
上記の⑥の原則に関連して、身体活動を増やすためにスポーツイングランドが提唱している3つのアプローチ(行動変容を促す情報提供、教育と社会的支援、環境の構築と政策)や、英国政府が提唱しているアクティブスクールの8つの原則も考慮された。さらに、市内の公園やオープンスペース、学校ネットワークなど、身体活動向上につながる有形・無形の資産の有効活用も検討された。これらを経て、「Active Promise(以降、APと省略)」行動計画は立案されている。アクションは、全体に関するものと年齢層別のものがあるが、ここでは幼児期の運動習慣の重要性を鑑みて、5歳未満の幼児を対象としたアクションを紹介したい。
<0歳から5歳未満を対象とした行動計画の内容>
1)APを支持し実行するためのリーダーシップと組織的な取り組みを提供するようステークホルダーを促すためのアクション
- 行動計画実行のための「戦略的幼児期グループ(Strategic Early Years Group)」を作り、APを重要な施策と位置付ける。
- 幼児期をテーマとした会議で「幼児期における身体活動」の意識向上を図るセッションを提供する。
2)子供がいる家庭を対象とした身体活動機会が地域内にあること、および身体活動のメリットを知らせるためのアクション
- 幼児期の子供を対象にサービスを提供している団体(プロバイダ)にAPへの参画を促し、以下3つのコアアクションを実行してもらう。
・リーダーとなる担当者を任命する。
・国の推奨する身体活動基準を5歳未満の子供が達成することのメリットを、提供サービスにかかわるパートナーや保護者に理解・浸透させる。
・週ごとに提供するプログラムの中に身体活動を取り入れるとともに、さらに他にも機会があることを家族に示す。
- 産婦人科医院の臨床医と患者、養護教諭、子供のいる家庭を対象とした簡潔な介入・助言のトレーニングプログラムを実施する。
- 簡潔な助言・意識向上トレーニングを助産師や幼児期を扱う先生などの資格に取り入れる。
- リバプール市の16歳以上の大人を対象に行ってきた身体活動促進キャンペーン「Fit for Me」を、幼児期の環境でも実施する。
- 「Fit for Me」イベントを公共スペースで開催し、5歳未満の子供と保護者が一緒に活動に参加できるようにする。
3)生涯にわたる健康とフィジカルリテラシーを身につけ高めるために、すべての子供が教育の場や日常生活の中で毎日30分間の身体活動機会に触れられるようにするためのアクション
- プロバイダが主要ターゲットに30分間の身体活動機会を開発できよう、状況に合わせたサポートや好事例のリソースを提供する。例えば、「BalanceAbility(バランス能力)」プログラムの利用提供、公共のフィットネスセンターで5歳未満の無料スイミングがあることの周知、スタッフ対象のトレーニングプログラム、国の幼児期フィジカルリテラシー施策を活用した設備やスタッフトレーニングの提供などがある。
- 5歳未満の子供がいる家庭を対象にした身体活動機会を市が開発する。
まとめ
近年、欧州の国々では、CO2排出削減など環境問題への対策から「アクティブモビリティ」「アクティブトラベル」が推進されている。これらの言葉は、自分自身の足を使って、徒歩や自転車などで能動的に移動することを指す。自らが動力となることで身体活動の機会にもつながり、運動不足の改善や健康増進にも効果がある。そのような背景から、子供を対象とした取り組みにおいても、通学など移動時間をアクティブにする取り組みが複数見られた。
また、ウメオ市(スウェーデン)の事例では、小学校期に、子供たちが計画段階から参画することで、自ら考え行動することの重要性や効果が示された。一方、5歳未満の幼児については、自ら考えることはまだ難しいため、サービス提供事業者や保護者の理解や意識向上に焦点が置かれている。家庭環境や周辺環境、サービスの利用環境など、幼児を取り巻くさまざまな環境に着目して、システムズアプローチをとることが重要である。